The Moon

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ぷかぷか





 ぽっかりと穴が空いた心臓のせいで、地に足が着いた試しがない。この世界のどこにも、自分の居場所はないように感じてしまう。どこにも行けないまま、紅嘉くれよしはずっと宙に浮いている。

「だからさぁ。せめて容姿の一つでも分からないと探しようがないって、いつも言ってるだろうが」
 眉間に皺を寄せて苦言を呈したのは、灰紫色の髪をもつ男、オフエギースだ。紅嘉からの、いるかも分からない人探しの依頼を受けては、そう零す。
 紅嘉もまた、いつものように返した。
「うーん。なんか赤っぽい髪なんだよな……?」
「聞かれても知らねぇよ! なんだ赤っぽい髪って。んな人間いるか。何回言わせんだ、お前はよ」
「でも絶対いるんだってぇ」
 引かない紅嘉に、オフエギースは眉間を揉みながら目を瞑る。いかにも疲れたと言いたげな仕草から、呆れたような声が出てきた。
「俺は金になるからいいけど。妄想は大概にしとけよ、な?」
「……」
 もったいねぇからさ、という言葉に、紅嘉は何も返す言葉がない。働いてお金を稼いでは、いるかも分からない人を探すことに注ぎ続ける日々。
「……エギっちゃんの、言う通りかもな」
 確かに、妄想かもしれない。彩りのない日々に、劇的な何かがある。運命的な出会いの予感に、縋っているだけなのかもしれない。
 それでも、生まれてこの方ずっとある、この穴の正体を、紅嘉は突き止めなければならないと思っている。
 誰にも証明できない以上、穴に何かがあると断言することは出来ない。ぼんやりとした輪郭をなぞることが出来るだけで、それが正しいかどうかは分からない。
 ただ本能的な部分で、どうしてもこの世界への違和感が拭えずにいる。何かを探してしまう。隣にあるはずだった何かを、男は求めている。
 ぷかぷかと浮いたままの感情は、いつしか途方もない喪失感となって、紅嘉の世界から色を奪っていった。
 何に対してもやる気が起きず、ふらふらとその日暮らしをしながらずっと何かを探している。あるか分かりもしないのに。
「でもよ、俺が諦めたらさぁ」
 紅嘉がぽつりとした呟きへ、訝しげに目線を寄越すエギス。男は視線を受けとめながら、諦めることが出来ない胸の内を零す。
 止まることは、男にはどうしたって出来ないのだ。
 だって。
「報われないだろ、それじゃあ」
 突き動かす熱は、ただそれだけだ。
 空想かもしれない、妄想かもしれない、はたまた幻覚の類かもしれない。それでも、浮いた男を世界へ留める重みは、その穴に埋まる何かだけだとはっきり分かる。
「……誰がだよ?」
「さぁ?」
 エギスのもっともな疑問に紅嘉は首を傾げた。
 きっと、穴の先に答えがある。
 紅嘉に、なにか途方もない喪失を与えるほどの、何か。
 男はいまだ、穴の正体を知らない。

2025/07/07

お題はX企画『文披31題』よりお借りしました。