私の人生は、散々だった。言い表すのであれば、その一言に尽きる。 私の最大の不幸は、この世界に生まれ落ちたことだろう。そして、私の罪もここが始まりだ。 私を産んだ、この世界ではバケモノと呼ばれる母。私を産み落とした時に絶命したそれを、溺愛していた父。母が亡くなってからは、ときに私を母のように扱い、ときに物のように扱った。 母の代わりというように酒へ溺れていった父が働くことはなくなり、次第に食べる物もなくなっていく。必然的に、私が働くことになるが、子供に出来ることなど少ない。ましてや、汚らしい身なりの者に働いてもらおうなどという物好きはそこにはいなかった。 ゴミを漁り、盗みを働き、どうにか生き延びていた頃。いよいよ死ぬしかないかもしれないと考えていた私は、人攫いにあった。今だからこそ分かるが、あれは人攫いではなく、人買いだった。私は父に売られたのだ。 その先であったことは、正直思い返したくもないし、振り返りたくもない。耐えかねた私が記憶を封じ込めたのにも、納得がいく。 死んだ方がマシだという目に散々あった。殺せと叫んだこともある。痛みも時間すらも感じなくなった時でさえ、死だけはずっと願っていた。 とにもかくにも、私の人生は不幸続きだ。 そんな私が唯一、幸せだと胸を張って言えるのは、紅運に出逢えたことだろう。 教えられたことも、共にすごした日々も、傷付けられたことも、そのすべてが、私にとって何よりも輝かしい思い出でしかない。 どれだけ痛みを覚えても。どれだけ悲しみを抱いても。 眩さばかりに溢れたこれを、人は青春と呼ぶのだろう。 あの日の私は、世界中の誰よりも幸せだった。その自信がある。そんなに悪くない人生だったと、終わりを迎えるときに言える程度には。 でも、それも失われた。 私のせいだ。 私が遅かったせいで、紅運は死んだ。 私と出会ったせいで、紅運は死んだ。 私が生まれたせいで、紅運は死んだ。 全ては私のせいで。 だから私は、 ——あなたはなぜ彼の隣にいるのかしら。 ——いつか、きっと後悔します。 ——愛していたんだ! ——私の大事な人を守って。 ——俺はさぁ、来儀に会えて良かったわけよ。 ——あなたは彼に、何を貰ったんですか! そう。 今なら彼らの、彼女たちの言っていたことが分かる。分かってしまう。 私が隣いたのは、私が君を命をかけて守るためだった。 私が居なければ、君は死ななかった。 私は君が何よりも、この世界の何を差し出してもいいくらい大事だった。大事にしたかった。 君を、守りたかった。 私は君に会えて良かった。でも、会わなければ良かった。 君は私に、思い出をくれた。 ——貴様はその在り方でもって一体、何を成す。 今ならこの問いに、正しく答えられる。 私はもう、振り返らない。 「——ああ、わかったよ」 目の前で優雅に座る二人に、私は宣言する。 「私は、私を受け入れる」 紅運と共に在りたい。 紅運と同じ人間として生きたい。 紅運とずっと一緒にいたい。 無理だ。だって私は、紅運とは違う。永遠の命を持っていて、紅運が死んでも生き続ける、置いていかれてしまう化物だ。 君とはずっと居られないのを、君は分かっていた。私だけが、受け止めきれなかった。それが間違いだったのに、私はやっと気づけたから。 思い出だけを胸に、私は私がやるべきことを、成したいことを成す。 「だから、君が死なない世界をちょうだい」 たとえもう二度と、君に寄り添えなくても。 2025/07/07
お題はX企画『文披31題』よりお借りしました。