The Moon

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西日





 海と浜の境を、男と青年が歩いている。
 横並びではなく、前後に並び、同じ歩幅を刻んでいた。海に沈みゆく陽が、二人の体半分を照らしている。赤い陽を受けて輝く海面が、光をまき散らしていて随分と眩しい。
 潮騒の中、黙々と前を歩いていた男が、不意に口を開いた。
「——来儀らいぎは、いま、楽しいか?」
 それは、いつかの日にも、男が口にした問いかけだった。後ろを歩く青年は、太陽の方を向く。その美しさに、目を細めた。
「楽しいよ」
 無機質にも聞こえる返事に、男は「そうか」と返す。
 二人の間に、再び沈黙が訪れる。それから少しの間を置いて、青年がぽつりと言った。
「君がいるから」
 さくり、と男の足音が止まる。少し遅れて、青年も足を止めた。
「——それはお前が俺に、恩があるからか?」
 男の問いに、青年は僅かに目を見開いて、男の背を見つめた。一度瞼が下ろされ、上げられる。
「いいや」
 短い否定の音に、男の肩が揺れる。青年は振り向かない男の背を眺めたまま、告げた。
「きっと俺が、君をあいしている、、、、、、からだろうね」
 拙い音に、男がハッと振り向く。青年の目線はいつの間にか海に向かっていた。
「君といると楽しくて、幸せだ。この世のどこよりも、君の隣にいたいと思う。なにより、君のために何かをしたいと、強く思う。俺の、何を捨ててでも」
 男の口は、呼吸以外、何も発さない。青年の瞳が、顔が、ゆっくりと男に帰る。
「それを、あい、、と呼ぶんだって、君の子供が言っていたよ」
 青年は、横から照る太陽によく似た、晴れ晴れしい笑顔を浮かべていた。

2025/08/01

お題はX企画『文披31題』よりお借りしました。