The Moon

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西日





 海と浜の境を、男が青年と歩いている。
 横並びではなく前後に並び、同じ歩幅を刻んでいた。海に沈みゆく陽が二人の体の半分を照らしている。赤い陽を受けて輝く海面が光をまき散らしていて、随分と眩しい。
 潮騒の中、黙々と前を歩いていた男が不意に口を開いた。
「——来儀《/rp>らいぎは、いま……楽しいか?」
 それは、いつかの日に男が口にした問いかけだった。後ろを歩いていた青年をずっと横目で伺っていた男は、問いの終わりと同時に太陽の方を向いた青年の横顔の精悍さに、思わず目を細めた。
「そうだね、楽しいよ」
 抑揚のない、ともすれば無機質にも聞こえる返事に、男は「そうか」と返し、視線を青年から逸らして前に向けた。
 二人の間に、再び沈黙が訪れる。それから少しの間を置いて、青年が噛み締めるようにして呟いた。
紅運《/rp>きみがいるから」
 聞こえた言葉に、男は足を止めた。気づいた青年もまた、少し遅れて足を止める。男はおそるおそる体を捻って青年へと振り向く。ただどうしてか、その顔を見ることはできそうになかった。悪あがきのように、男は視線を海面に注ぐ。
「——それは、お前が俺に恩があるからか?」
 青年が僅かに息を飲んだ。男の横顔に視線が注がれているのを感じる。男の真意を探るように向けられていたそれがやがて途絶え、
「ううん」
 短い否定の音が返されて、男は動揺して肩を揺らす。
 全く脈絡のなかった問いの意味を、青年が正しく理解したのを悟ってしまった。男が青年の気持ちを作られたものだと疑っていることも、青年が向けてくる心の深さを読み切れず恐れていることも、男でなくても良いのではないかという卑屈さも、そして——紅運《/rp>おとこ来儀《/rp>せいねんに何も持っていなくても、その気持ちは変わらないと言えるのかと。男だからこそだと言って欲しいと願っていることさえも。
 侮りにも似た問いに青年は、ただ静かに答えた。
「それはきっと、俺が君をあいしている《/rp>、、、、、、からだよ」
 その拙くも心のこもった音に、思わず男は息を詰めて顔を上げる。視線が合うことはなく、青年の瞳は海に向けられていた。
「前にも言った覚えがあるけど、始まりはどうであれ俺は俺の意思で、君のそばに居ることを選んだんだ。どんな選択肢を与えられたって、何度人生を繰り返したとしても、俺はそうする自信がある」
 もちろん覚えている。この世のどこでもない世界の燃えるような赤色よりも、燦々と輝いていた青年の瞳の力強さを。胸を抉り取ろうとするような真摯すぎる声音も。
 焼き直しのように、青年が発する声が同じ温度なのが分かるほどには。
「なぁ、紅運《/rp>こううん。俺はあの頃を永遠に繰り返してもいいと思えるほどには、楽しくて幸せだったし、今もそう思うよ。この世にあるどんな場所よりも君の隣にいたいと思うし、どんな事よりも君のために何かをしたいと思う。——俺の、何を捨ててでも」
 青年の声が、じんわりと男の心に染み込んでいく。男の口は言葉を忘れたように、何も形作ることができない。いつかの夢の中で交わした言葉《/rp>ものと同じだが、より深く重いものを与えられた。向けられる大きな、大きな感情に、ゆっくりと飲み込まれていく。青年の瞳が、顔が、ゆっくりと男に帰る。
「それを、あい《/rp>、、と呼ぶんだって、君が頼んだあの子が言っていたよ」
 横から照る太陽によく似た、晴れ晴れしい笑顔を、青年がその美しい顏に浮かべている。
 男はいよいよ、目頭の熱さに鼻を鳴らした。

2025/08/01
2025/12/11 加筆修正
2026/04/25 加筆修正



お題はX企画『文披31題』よりお借りしました。