「来儀は動物に例えると犬って感じか?」 「それ、なんでも言うこと聞くからってこと?」 「自覚がおありなようで」 以前よりも軽快な応酬を小声で交わしながら、紅運と来儀は夜の館の中を歩いている。窓から見える外には、不気味すぎるほど静かな森が広がっていた。黒々とした木々が枝を左右にひろげ、今にも襲いかかってきそうだ。 おどろおどろしい空間に閉じ込められていても、男は何も怖くはなかった。 二人分の足音と、二人の小さな声だけが響く廊下には、それなりに価値がありそうな物が並んでいる。豪奢な調度品は、厳かな色合いの壁紙とは、あまり合っていない。 「しかしまぁ、ここの主人センス無さすぎだろ。来儀もそう思うよなぁ?」 「紅ちゃん、そういうことは思っても言わないものだよ」 呆れたように目線を向けてくる隣の青年に、男はにやりと笑う。 「来儀もそう思ってるってわけか」 男のちゃちゃ入れに、青年は溜息で返す。どれだけ呆れていようと、辛辣な返しをしようと、それでもなお、歩く速度は男に合わせてくれている。 「本当に来儀はいいわんちゃんだな〜」 「その話まだ続いてたの?」 ぐ、と眉間に皺を寄せて睨みつけてくる姿も、紅運にとっては可愛いものだ。絶対に噛み付いてくることはない犬を、怖がる道理はない。 「言っとくけど、俺が犬だから言うことを聞いてるわけじゃないからね」 心底不快そうに言う来儀に、紅運は瞬く。男が女にうつつを抜かしているとき以外には、あまり向けられることの無い感情だ。 来儀はじっと男の顔を見たあと、そっと視線を外す。それ以上続く言葉はないようだった。 「じゃあ、なんなわけ?」 他の理由は特に思いつかない。青年が男に対して、少々過剰なほどの恩を感じているのは知っている。だからこそ、来儀は男に対して忠犬よろしく言いなりであるのを、よしとしているのかと思っていた。でも、来儀の様子では違うようだ。 紅運の問い掛けに対する来儀の答えは、 「言わないよ」 実に素っ気なかった。 2025/08/01
お題はX企画『文披31題』よりお借りしました。