The Moon

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じりじり





 コサド国の丘の上に、来儀らいぎは立っていた。
 鮮やかな緑が地面を覆い、頭の天辺には陽が高く昇っている。傍らに立つ葉が茂った大きな樹以外には、辺りになにもない。おかげで、目の前に広がるコサド国の首都がよく見える。
 コサドの首都を一望できるこの場所を、来儀は密かに気に入っていた。
 青年は年に一度、過去を振り返るためにここに訪れる。忘れないように、刻み込むように。来儀という存在の始まりの地で。
 熱気を含んだ風が吹き、髪を攫う。青年にとっては、いささか冷たい空気が、頬を撫でていく。葉が擦れる音と、風が吹き抜けていく音だけが流れる。
 この時間、以前までは、たらればについて考えることが多かった。
 もしもあの時。青年の頭の中では、そういうことが浮かんでは消えていた。
 しかし、いまはどうだ。思い浮かぶのは楽しかった日々の思い出達ばかりで、わずかばかりの口惜しさはあれど、後悔というものはない。
 それもすべて、親友が掬い上げ、持って行ってくれたお陰だろう。長い時を生きていても、忘れられないほどの鮮明さでもって、いまもなお、親友は心の奥底にいる。
 来儀はきっと、その事実だけで生きていける、そう思った。
 その時、さくり、と何かが足を踏みしめる音が、背後で鳴った。

2025/07/31

お題はX企画『文披31題』よりお借りしました。