私の指先は、いつだって掠めるだけ。あと一歩が、いつも届かない。
丸いメガネの奥から私は、庭に佇む小さな友人の背中を、縁側に座って見つめている。 私とさほど変わらない背丈の青年は、その背中に多くの物を背負っている。それは、一人の人間が持つには途方もなく重すぎるもの。そして、そうするように背中を押したのは、間違いなく私だった。 神様なんて肩書を背負ってしまった、私と同じ、ただのちっぽけな人間だった友人。今ではもう、現世で楽園と呼ばれている空間がすっかり似合うようになってしまった。 そのことが、私にはひどく悔しい。 雪に閉ざされた修道院で出会った頃から、彼の姿も、私の姿も変わっていない。でも、青年の中身はどんどん変わっていく。 私だけが置いて行かれる。いつも。あの頃から。 私はきっと、青年をこれ以上進ませたくはないのだと思う。足を引っ張りたいとか、そういうわけでは決してない。とても感覚的なことで、うまく言葉にすることはできないのだけれど、とにかく、青年をこれ以上暗い場所に進ませてはいけないと、そう思うのだ。 あの日、私の家族、私の親友を止められなかった時のように、友人である青年がどこかへ飛び立つのを止められなかった。伸ばした手はいつも、背中を掠めては、滑って落ちる。それがきっと、背中を押した。 わずかな間でも止まり木になれればと、私は青年と共にあることを選んだ。でも、私程度の存在では、止まり木にすらなれなかったのだろう。 その証拠に、青年はずっと飛び続けている。休める木を探すことなく、ただ一心に。 私が引き留めるべきだったのは、青年ではなく、青年が止まるための木の方だった。それでも、この指先が止まり木を掴めたのかは分からない。でも、そうするべきだった。後悔は募るばかりだ。だから私は、私に出来ることをするしかない。これ以上の悔いを、積み重ねないためにも。
私は、青年の瞳のような空を見上げる。 青に線を引いたように、白い雲が一本伸びていた。まるで、青年が飛んだあとのように、まっすぐと。 あなたはもう、私の言葉では立ち止まることすらしない。それでも私は、あなたに言葉をかけ続ける。わからなくていい。伝わらなくてもいい。私が、友人であることも。あなたが、本当は一人ではないことも。——あなたがきちんと、人間であることも。 私はそっと息を吐く。 空は綺麗だ。 (でも、私は) そっと地面に視線をおろす。 土の上で、風に吹かれて葉を揺らす草が、そこにはある。空からの光を受けて輝き、地に影を落としていた。 (飛んでいないあなたのほうが、好きでしたよ) 私はそっとつま先で、足元の草をつついた。 2025/07/31
お題はX企画『文披31題』よりお借りしました。