The Moon

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来儀らいぎ
 目を見て違和感を覚えて、呼ぶ声で悟った。
 ——彼は、紅運こううんだ。

 面影を色濃く残す子供に出会って、わずかな紅運の気配を楽しんでいた罰だろうか。二度と関わらないと誓ったくせに、未練がましくこの細い絆に縋った罪だろうか。
 頭を抱えて、こちらを見つめる男の瞳に浮かぶのが、良い感情には到底見えない。来儀の脳裏にちらつくのは、親友を看取った日の目だ。恨めしそうな、——実際恨んでいただろう、そんな強い目。
 目の前に立つ、男もまた、同じような目をしている。
 ——そんなにも君は、俺を拒絶するのか。
 そんなに来儀という存在が邪魔なのかと、嘆きたくなる。
 会えて良かったと語ってくれた、あの言葉が嘘とは思わない。だが、同じ口でもって、お前と同じ化物にはなりたくないと懇願され、解放して欲しいとも願われた。
 今もきっと、なぜ隣にいるのかと罵りたいのかもしれない。また、縛り付ける気なのかと怒りたいに違いないのだ。
 それでも何も言わずにいるのは、きっと混乱しているからだろう。石の塔の上で、突然に目が覚めたようなものなのだから。
(俺のせいだと、思われただろうか)
 違うのだと弁解したかったが、そもそも来儀が共に居たせいで、紅運としての意識が呼び起こされたのなら。世界の仕組みが不具合を起こしたというのなら、——それは来儀のせいと、何が違うのだろう。
 二人は無言で向き合い続けている。何か言いたげに瞳を揺らす目の前の男に、来儀はなんと言うべきか迷う。
 室内にある窓の穴からは、塔の下で煮立つ、焔の音が聞こえる。石造りの部屋の中は、ベッドと机しかない。まるで、かつての紅運の部屋のようだと、今更ながらに思う。
 あの輝かしがった日々と同じような光景の中で、二人は全く違う心で向き合っていた。
(でも、)
 来儀は、ずっと。
 不意に、大きな破裂音が響く。
 ——銃声だ。
 気づいた時には、目の前の男が後ろへ吹き飛ばされ、窓から外へ落ちそうになっていた。
 一瞬の隙をついた背後の人間を見ることなく、来儀は炎を飛ばす。醜い悲鳴が耳に入るが、そんなことは関係ないと、足を踏み込む。
 投げ出された男の腕を掴み、思い切り室内へ投げる。壁か床にぶつかったのか、呻き声がしたが、すぐに遠くなっていく。
 来儀の下では、焔が手招いている。
 直感的に悟った。このまま落ちれば、——死ぬ。
 すぐにどうにかしてあの塔へ戻るべきだ。まだ安全とは言いきれない。紅運を守らなくては。でも。
(でも、これで)
 窓から男が覗いているような気がして、来儀は微笑む。
 無事だった、と心からの安堵で。あの日救えなかった親友を、今度は救えたという誇らしさで。
 そして。
(これでようやく、同じ、、になれる)
 共に生きることはできなくても、いずれ来る終わりに。男が迎えることが出来る死に、来儀はようやく辿り着けるのだ。
 男の拒絶すらも、もう届かない。
 突き放す言葉は、もう、聞きたくない。
 ——君と同じになれたら、今度は一緒にいてもいいかな?
 かつて命を産んでいた焔は、遠い昔に分かたれた、満足そうに笑う半身を包み込んで、溶かした。

2025/07/18

お題はX企画『文披31題』よりお借りしました。