The Moon

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突風





 その出会いは、男に嵐のような衝撃をもたらした。
 焔の髪、空の瞳。一目見た瞬間にわかった。これだ、これこそが、穴の正体だ、と。
 急速に世界に色が着く。どっ、と体に重みが増す。胸に流れ込む空気がひどく新鮮で、思わず噎せそうになった。
 だが、そんなことに構っている暇などなく。男は急き立てられるように青年のそばに走る。
 空席だらけの喫茶店で、当然の顔をして相席をした。驚く青年を無視して、息をするように友達がいないなどと嘯く。だから是非友達にと強引に迫り、次に会う約束を取り付けた。
 それほどまでに渇望していた出会い。
 運命の出会いというものは嵐のようだと誰かが言ったが、まさしくそうだ。男の全てを塗り替え、男という存在を確立させる。雷に打たれて生まれ変わった気分だった。
 で、あるならば、紅嘉はさながら沼男なのかもしれない。それほどまでに衝撃的な出会いだった。
 ——もう手放してはならない。
 胸の、頭の奥底から響く声に、男は大きく頷く。
 (あたりまえだ)
 つい先程あったばかりだというのに、もう以前の生活を思い出せない。これをなくしたら、もう男は生きることが出来ないと断言できた。
 失っていたのはきっと、男にとっての心臓だ。世界を見るための心だ。青年の形をして、ようやく戻ってきた。
 もう二度と、離れることはない。

2025/07/16

お題はX企画『文披31題』よりお借りしました。